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ネパールで野球「ラリグラスの会」代表 小林洋平さんインタビュー

 前回のゲームレポートに続き、6月30日のU-16パキスタン代表対東大阪市中学生代表の親善試合を開催されました、「ラリグラスの会」代表の小林さんのインタビュー記事をアップします。本来の野球普及活動地域であるネパールを中心に、南アジアの野球についてお話をお伺いしました。


―今回はパキスタン代表を招いての親善試合でした。小林さんの主な普及支援先である、ネパール野球について教えてください。始まりはどのような形だったのでしょうか。

「よく聞かれるのですが、僕ではないんですよ。大阪の堺市にプール学院という、海外研修プログラムを盛んに行っている大学があって。そのプログラムの一つにネパールにいって、子供たちに日本語を紹介するっていうプログラムがあったんです。それに参加していた学生が、友達同士で空いている時間にキャッチボールをしていたところ、歩いている人が次々と立ち止まって、人だかりができたんです。『お前ら何してんねん』のような、物珍しそうな目でその光景を見ていたというのが始まりで。それで野球が知られていないことが分かったんです。当時、カースト制度が根強く残っていたこともあって、知られていない野球を通して交流をすることで、明るい社会や人間関係の構築につながったら良いなという想いで、野球を広めてみようかと。これがネパール野球の始まりですね。道具の説明から始めて、今が15年目です」

―ゼロから始まったネパール野球。現在のレベルはどの程度まで来ているのでしょうか。

「レベルと言われると、ピンキリですけど。去年06ブルズに在籍したイッソー・タパというプレイヤーがいて。彼が日本でプレーしたことで、マイナーな競技だったのですが、応援してくれる人は増えました。野球道具も1トンくらい集まって、去年ぐらいから野球をする人がすごく増えたんですよ。イッソーがコーチをしているということもありますけど、300人ぐらい増えたんです。普通に考えたら少ないですけど、今までのネパール野球を考えたらすごいことです。イッソーがルールなどからあちこちで説明して、野球をする学校も増えて、対抗戦などもしているみたいです。すごくいい形になってきているかなと思います。ネパール野球連盟もがんばっていて、向こうで自主的に動けているので、僕らも野球道具を送るくらいになってきましたね」

―現地でも野球をしたいという人が増えてきた。

「そうですね。イッソーや昔からやっていたプレイヤーが国際大会に出たというのが大きなところで。国際大会に出られるかもしれないとなると、練習も頑張れたりとかはありますね」

―そこまで広がったネパール野球。課題を挙げるとすると、どんなところでしょうか。

「挙げていたら限がないですけど。今後も野球道具は絶対必要でしょうし、やっぱり僕たちが中に入って進めていくというのは卒業して、ネパール野球連盟の人たちにアドバイスをして行く形にしていければ。現地の人たちを動かさないことには根付かないと思うので。あとは定期的にイッソーのように、日本で研修という形で学ぶ機会を作っていけたら良いのかなと」

―現地から求められて、それに日本人が応えるという形が一番良いと。

「そうですね。こっちが一方的に野球を広めたいとなってしまうと、何をしているのかわからないので(笑) 結局向こうがどうしたいか。温度差があってはならないと思います」

―今回のパキスタン代表との親善試合も、パキスタン野球連盟側からの提案だったのですよね。非常に意欲的に動いていると思いますが、パキスタン野球についてはいかがでしょうか。

「僕もあまりパキスタン野球については詳しくないのですが、パキスタンでは軍隊とか警察とかが野球をトレーニングの一環として取り入れているところが多いんです。その為、大人になってから野球を始めるケースが多いんです。その反面、今回のような16歳以下の子供たちが国際試合をする機会が少ないんですよね。それもあって『なんとか出来ないか』と言われたのが始まりですね」

―今回の親善試合の目的の一つに野球の五輪復帰というものがありました。野球新興国にとってオリンピック競技に野球があるというのはどのような意味を持つのでしょうか。

「プレーしているのはごく一部かもしれませんが、その人たちの夢になります。ネパールだったらヒーローになりますし、仕事にもつながります。元々、オリンピックに出ることを目標に始めましたし。2020年どうのこうのとか、僕たちのこの親善試合ですぐに何か影響を与えようなどは思っていませんが、今後のことを考えた上で一つのアピールする材料になれば良いなと思っています」

―私たちベースボールブリッジでは同じアジアの野球新興国であるイランへの野球道具の寄付などを進めています。同じ新興国同士で関わり合いが出来ることはあるのでしょうか。

「イランではないですが、南アジア全体では交流戦を増やしていくだとかは計画しています。スリランカに新しい球場が出来ましたし、野球場で野球をさせてあげたいというのがありますね。ネパールなどはただの空き地でしかやっていないので。イッソーも日本に来てからピッチャープレートの存在を知ったんですよ(笑)」

―南アジア野球連盟が2011年に新しく発足しました。今後、南アジアで野球をする国が増えるということもあるのでしょうか。

「ブータンは今度、世界少年野球推進財団の主催する世界少年野球大会に5人の子供たちが招待されています。ブータン自体に野球はないみたいなのですが、そこで野球に触れあうことで、可能性は出てくるかもしれません」

―最後に、イッソー・タパ選手の進路について聞かせていただけますでしょうか。侍サンディエゴに入るのではという噂を聞きましたが、実現せず。アメリカは今後も難しいのでしょうか。

「無理ですね。日本ではあるかもしれませんが。イッソーに関しては、生活・文化の違いもあって、あまり合わないんですよね。野球でも、攻守交代の時に走って戻るだとか、練習でも50mダッシュを繰り返すだとか、そういう習慣が向こうでは無かった。野球は好きでも、毎日になったら違うじゃないですか。部活動でもそうですし。でも、今は政府の公認のコーチにもなっていますし、国内の野球普及に向けてがんばってくれています。ネパールではちょっとした有名人なので(笑)」

―今後、ネパール人プレイヤーが日本に来ることはありますでしょうか。

「努力する才能があるかどうかだと思うんですよね。野球の上手さだけではなく、性格面なども重要になってくると思います」

―この度は貴重なお話をありがとうございました。私たちも今後の活動の参考にさせていただきます。

「いえ。こちらこそ、ありがとうございました」

集合写真2
スリランカ出身のスジーワ審判員(2列目、左から3人目)も招き、
3カ国間以上に及ぶイベントを作り上げた小林さん(2列目、左から4人目)



 長年の普及活動による成果、その経験から来る普及活動の考え方は我々ベースボールブリッジが活動していく上で大いに参考になる内容でした。また、今回のパキスタン代表の来日には渡航手続きの問題等で苦労が少なくなかったとのことでした。イッソー選手を例にした文化での差異も含め、新興国からの日本を始めとする先進国への選手の移動が決して安易なものではないということも理解することができました。多忙なスケジュールの中、お話しいただいた小林さんには心より感謝申し上げます。今後のご活躍にも期待しています。


◆小林洋平さん 略歴
 ネパールで野球「ラリグラスの会」代表、パキスタン野球連盟でも在日本理事を務める。ゼロからネパール野球の普及に努め、11年には関西独立リーグ・大阪ホークスドリームにネパール人初のプロ野球選手、イッソー・タパを誕生させるまでに至る。13年には国際野球連盟(IBAF)の総会にネパール代表団の一員として参加するなど、南アジアの国々を巻き込んだ野球普及に力を注ぐ。
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野球があまり盛んではない国々(野球マイナー諸国)への野球用具の送付や啓発イベントの開催、その他様々なプロジェクトの実施を通じて野球競技の国際的普及とメジャースポーツ化を目指すNPO法人です。現在新メンバーを鋭意募集中です。参加希望の方はrecruit@baseball-bridge.orgまで!!

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